既望月を旅路の友として

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はじめに

はじめまして、そうでない方はこんにちは。

 

当ブログは、過去の旅行記を綴りながら、様々な余談を繰り広げている記事となっております。

 

そのため、記事内容に大幅な遅れが生じております。

(詳細は、サイドバーをご覧下さい)

 

 

余談の内容は、鉄道ネタを始め、歴史ネタや史跡について、時には観光地・景勝地についてなど、多岐にわたっております。

中身についてはほぼほぼ、Wikipedia等で調べたことをまとめただけの、備忘録になっております。

内容の正当性については保証しかねますので、予めご了承ください。

 

 

 それでもよろしければ、上記のバナー(?)よりどうぞ

 

 

 

2018年圧縮編02 ~お神輿と、水田と、かがさん~

どうも、パルデア地方に入り浸かっていた既望路です。

今作はオープンワールドということもあり、無限に時間が持っていかれています

何気にXY・剣盾が未プレイ*1で、正規ではBW以来の作品です(ORASやBDSP、アルセウスなどはある)

ということもあり、今までプレイしてきた作品が"線の散策"だったのに対して、今作は"面の散策"だなぁといった印象を強く受けました

 

プレイ時間もかれこれ45時間を越えようとしていますが、やっとこさ半分ちょい*2

(なおポケモン図鑑は8割越え)

 

自撮り楽しい

 

プレイしながら思ったのは、レッツゴーでレベリングが楽になってる、着せ替えが楽しい、ハーフアンダーリムも増やして、でも服が制服オンリーなのがアレ(スカーレットの縞々オレンジズボンがダサくてコーデの幅が制限される)、ボックスがもっさい、着せ替えももっさい、図鑑のUIがアレ、ちっさいポケモンちゃんとちっさいし、群れてるポケモンはちゃんと群れてるし、浮いてるポケモンがちゃんと浮いててるの感動する*3、ライドに切り替えてもBGMが途切れないの地味に推せる、戦闘BGMも何種類かあるのいい、登場人物がみんな魅力的、反面、モブのキャラデザがちと残念、会話できるキャラが減ってるのが虚しい、ハリボテの建物が多くて新しい街に来たときのワクワク感が薄い、広大すぎるマップの作成に対する労力を想像するとゾッとする、アヒージョ*4やピンチョス*5等モデルとなったイベリア半島の料理登場するのいい、平気で第三進化ポケモンが出てきて、(図鑑埋めのために)レベリングしている最中に進化後に出くわす事故が多発してる、写真機能が最高すぎる、でもタイミングによっては太陽が雲にかかって影入るから実質撮り鉄、ハーフアンダーリムをry

等々、格段に向上した部分もあれば、その分削られてしまった部分もあるなぁといった印象です

(新しいフィールドに来た時の楽しみが増えて、反面新しい街に来た時の楽しみが減った的な)

 

このポケモン購入を機に、PCのディスプレイとスピーカーを新調したのですが、そろそろ前置きだけで1000字に達しようとしているので、それはまたいずれの機会に(

 

hesitant-moon.hatenablog.com

前回が18年圧縮編01でしたが、今回も同様に圧縮編となります

(長すぎて切ったのは内緒)

 

では、どうぞ

2018年圧縮編 その2

2018年5月18日 御靈の神輿

「ホイットー!ホイットー!」

そんな掛け声と共に、新町通りを一基の御輿が通り抜けます

 

この日は上御霊神社御霊祭

政争のあれやこれやに巻き込まれ非業の死を遂げた者たちの怨霊を慰める祭りとして行われ、863年に神泉苑で行われた御霊会を起源に持つを言われています

(上御霊神社では、早良親王*6井上内親王*7他戸親王*8藤原吉子*9橘逸勢*10文室宮田麻呂*11火雷神*12吉備真備*13の八柱が祀られています)

 

長らく歩いてきた後ということもあってか、気持ちお疲れの様子(

(アホみたいな脚注のせいでこっちは既にぐったりとか言わない)

 

小さな神社の前を綺羅びやかなお神輿がゆく

伝統ある行事をこうやって眼の前で見て、肌で感じ取るというのはなんだか良いもので

 

ホテルでしばらくの休憩タイム

 

「ホイッター!ホイッター!」

今出川新町の交差点を渡り、お神輿は上御霊神社へと向かいました

 

余談ですが、この御霊祭の還幸祭を見るのは二回目

一回目は16年の同日に枡形商店街で見たものです

(たまこまーけっとの作中で出るお神輿です)

 

20年と21年は中止となったものの、22年には3年ぶりに復活となったお神輿

就職して中々こういった行事も見に行けなくなってしまいましたが、またあの熱を感じに足を運んでみたいもので…

 

 

2018年5月20日 かがが大阪にやってきた

※電車も歴史もカンペなしじゃ何も語れん私ですが、ミリタリーに至ってはは毛ほども分からん奴なので予めご了承を(1から10まできっちりwiki参考)

 

南港に大きく聳える観覧車

高さ112.5mの天保山大観覧車です

 

お、南港でデートかい?熱いねヒューヒュー

なんて訳があるはずもなく

 

お目当てはこちら

どう足掻いてもレンズに収まりきらん規模を誇る、護衛艦かがです

 

排水量19,500t、全長248mを誇る、堂々の海自最大艦になります*14

 

目の前で見た感想「でっっっっっっっっっっか」

 

hesitant-moon.hatenablog.com

以前も呉でチラ見はしていましたが、目の前で見るとそのデカさにただただ驚かされる

これ、ほんまに造ったん…??

なんかもう…縮尺間違えてる

 

こちらは先っぽから

スケール感そのまま全体を写そうとすると中々難しい…

 

現在はちょん切られて新しいのに交換中だとか

 

誰が設けたのやら加賀さんとの2ショットコーナー

ありがたく活用させていただきました(

 

天保山にはかがの他にも、色んなの(語彙)が顔を出していました

これは陸上自衛隊のっ… いすゞフォワード。。。

 

こっちは陸自のっ… パジェロ。。。

(古き良きデザイン…)

 

こっちは軽装甲機動車というざっくりした名前の車両

上のパジェロの装甲有る版って立ち位置でしょうか

(兵装こそはありませんが、上の開いたハッチから機関銃ぶっ放すことはできるそうで)

 

「36普一本」の文字は、伊丹駐屯地にある「第36普通科連隊」の「本部管理中隊」を表しているとか

ナンバーの「05-4641」のうち05の部分は中型トラック系*15を意味しているようで(4641は連番)

 

第36普通科連隊のロゴ
兵庫県の「つわのも」の字をベースに、大阪夏の陣で最期まで大阪を守った日の本一の兵こと真田幸村をモチーフとし、兜の額には決死の覚悟の表れである六文銭、背景には隊区も描かれているこだわりのデザイン*16

 

つよいの

 

。。「87式偵察警戒車」だそうです…(

 

伊丹の第3偵察隊に所属し、名の通り偵察等に使用されるとか

防弾鋼板による装甲と、25mm機関砲と機関銃を装備しています

ここに集まったタイヤ付きの兵装では一番強い

 

陸と海、なんか… 胸熱ですね
なかなかこういう車両を目にする機会がないので新鮮です

 

さてさて、装甲車の写真撮ってたら自衛隊にスカウトされかけたりしながらも、お次は早速かがさんの内部へと参りたいと思いますっ!

(「自衛隊に体力試験は無いんだぜ☆」ってムキムキの自衛隊員に勧誘されたナリ)

 

と、いってもそんなすんなり入れるわけもなく、当然とんでもねえ人です

ひっっっったすら待ちます()

 

格納庫と甲板を行き来する100人乗っても大丈夫なエレベータ*17

いずも型の先輩であるひゅうが型のエレベータは甲板の真ん中に付いているのに対して、いずも型の後部エレベータは甲板の端にあるのが一つの特徴だとか

(これにより、エレベータから若干はみ出るサイズ…例えば固定翼機とかでも昇降が可能になるとか)

 

こちらには京阪海軍が保有する観光客輸送艦サンタマリア号が入港

 

豆やんけ

 

待機列の進行に伴い、徐々に近づく巨体

 

並び始めから2時間

やっとかがさんにたどり着くことができました。やりました

既に半分死んでた

 

加賀藩の特産である金箔加賀友禅加賀藩藩主の加賀前田家の家紋である梅などを取り入れ、春夏秋冬の花で波しぶきを、その上空に飛ぶ海鳥はF-3…ヘリを表しているとか

普通にカッコいいですし、なんなら呉で缶ケース買った

 

いざいざ艦内へ…

こっちでもでっかいロゴがお出迎え

 

格納庫でけぇ

「私の格納庫に何か御用?」

吊り下がっているものも心なしか、春夏秋冬をイメージしているように思えます

 

というわけで、いざエレベータで甲板へ

流石に気分が高揚します

 

到着しました飛行甲板

甲板にどっしり構える艦橋にも、なんか、色々いっぱい付いてます(

 

海自隊員によるラッパの演奏

 

youtu.be

モーニングコールや君が代等々

クソ雑いモザイク

 

他にも手旗信号送って

 

それを解読して発光信号で発信

 

それを別の人が更に解読

なんて催しも*18

 

大阪湾にたなびく軍艦旗咲洲庁舎

 

哨戒ヘリのSH-60J

だそうで(

 

同じくSH-60J(多分)

怪しい潜水艦や将軍様のお国からやってきたお船の哨戒から、災害派遣、離島での救難等マルチに働いているそうで

 

こっちがSH-60K…だそうで(きっと)

さっきのSH-60Jの後継機で、J型をベースに改良された機種だとか

(J型は米海軍で運用されているSH-60をベースとした機体で、ぶっちゃけ狭い。なので、こいつを参考に機体から設計し直したのがK型、らしいです。しらんけど。)

K型がJ型の後継機ですが、お財布事情の関係もありJ型もJ型で延命処置しながら同時に使用していくそうで(1次車だけ新車に置き換えて後は延命で頑張ってる京都市営みたいなもんですかね)

 

さっきと何が違うねんって感じですが、グレーのたまコロ*19が正面下に付いてるのがそれだそうで

バックの艦橋も相まって渋い面構えです

 

凄そうなのがいっぱい付いてます(語彙)

流石ヘリ空母とだけあり、ヘリがたくさん

スペック的には最大で14機搭載、同時発艦は5機まで可能だとか

(先輩にあたるひゅうが型は11機搭載、3機同時発艦可、いずも型の先代に当たるしらね型は3機搭載の同時発艦×。だんだん強くなってるなぁというのが素人並感想)

 

こちらが高性能20mm機関砲(Mk.15 ファランクス)

迫りくるミサイル等々を自動で撃ち落としてくれる最後の砦「ここは譲れません。」

www.nicovideo.jp

動いてるとこ頭おかしい速さ

 

SeaRAMちゃん

さっきの機関砲のバルカン砲部分をミサイル発射機に変えたの

日本ではいずも型ともがみ型*20に搭載されている超最新鋭装備、だとか

鎧袖一触よ、心配いらないわ

 

艦橋

100回見て100回でけえって言ってる、そんぐらいでかい

 

天保山観覧車を奥に

 

手前のエレベータで再び格納庫へ

 

呉を本拠地とする第四護衛隊群の第四護衛隊

DDH-184かが、DD-105いなづま、DD-106さみだれ、DD-113さざなみの4隻により編成されています

え?キャラに既視感…?ぐ、ぐぐg偶然じゃないですかねぇ…

いいぞもっとやれ

 

しらね型2番艦「くらま」からバトンタッチを受ける「かが」

 

時間いっぱいまで散策し、終了時刻に

次出会えるのはいつの日になるのでしょうか

多分呉、ていうかそう

 

さてさて、そんなかがさんですが、現在絶賛本格的な空母になるべく改造中

これが完了すれば、海自にとって設立以来のの悲願であった空母が導入されることとなります

 

昨年の10月には、一次改修を終えた1番艦「いずも」でF-35Bの発着艦試験も行われました

完全に空母化するのはまだまだ先でしょうが、果たしてどんな姿で帰ってくるのか

 

 

南港の空を泳ぐジンベイザメ

こうして、初の護衛艦搭乗イベントが終わりました

 

 

~余談~

帰りに通った天保山マーケットプレースのとある一角

国鉄なにわ駅を名乗る怪しげな駅がありました

 

架空の駅ではありますが、場所はどっからどうみてもかつての浪速貨物駅

他にもやべぇのがいっぱい写り込んでいますが( *21

今昔マップより

ちと見えにくいですが、左の地図の、「三十間堀川」の文字がある右の島に、ちょうどかつての貨物駅がありました

そこから二股に分かれ、一方は三十間堀川を渡り大阪東港駅へ、もう一方は天保山運河を渡り大阪港駅へと線路が続いていました

(根っこをたどると、環状線の大正辺りにたどり着きます)

 

 

環状線ができる遥か前、構想としては1900年代初頭から既に持ち上がり、紆余曲折を経て1928年に大阪港駅までの貨物線が開通

大戦後には大阪東港までの線路建設計画も持ち上がり、1956年にそちらも開通

以後これらの貨物駅で荷物を積み替え各地に輸送していましたが、時代の流れにより1980年頃に廃止となりました

(大正近くの信号場から浪速貨物駅までの区間はその後も細々と利用されていましたが、それも2006年に廃止)

 

貨物線こそは時代の流れに逆らえず廃線となりましたが、今宮から大正までの区間は1961年開通の大阪環状線の一部区間として今日に至ります

(厳密には貨物線開通→複線用の用地を環状線に転用→貨物線区間廃止の流れですが)

 

 

で、このかつての大阪港駅の跡地が、丁度今の天保山岸壁の辺り

そう、かがが停泊していた場所になります

(ちょうど貨物駅の跡地で2時間永遠並んでいたんですね)

 

そんな大阪港の過去について少し触れれる出会いでした

 

5月22日 二杯目「クリーミー

恒例の空きコマ散策

この日はカメラ片手に叡電の方へ

 

紅葉をイメージした赤帯の722号

現在は体質改善で真っ赤になりました

 

ひえいの運行開始をPRするHM

空きコマが毎週火曜なのに対して、ひえいは毎週火曜運休なので未だに見れいていない

 

都富士(比叡山)をバックにゆく、ゆるキャン電車

 

ゆるキャンの放映を記念したコラボ

相変わらずロゴに気合入ってます

 

ええ、そうですよ、1期の放映ですよ

もう5年が経とうとしてる?知ってますよ

 

そして洛北といえば…

 

お ま た せ

い つ も の

京 都 ラ ー メ ン

 

というわけで、叡電沿線の一乗寺に赴き、ラーメンタイムきらら

この日は女性客も入りやすいおしゃれな内装が特徴的な「髙安」

クリーミーで滑らかな豚骨スープが良い…

 

goo.gl

激戦区に位置する髙安は数多く有る店舗の中では結構明るい感じの内装で、その様は喫茶店をも思わせる

なので、「一乗寺でラーメン食ってみたいけど、ガチカウンターラーメン屋は敷居が高いっ…」ってな方にはオススメです

また、先述の通り結構柔めの滑らかスープが特徴なので、ゴリゴリ濃厚豚骨はキツイ😇って方にもオススメ

総じて女性受けの良いラーメン屋なので、休日とかは行列覚悟ですっ…

(故に休日にしか京都に行けない身になってからはご無沙汰…)

 

 

というわけでらーみんで腹を満たした後は5限の近代文学の講義へ

何故か照明がいつもオレンジで、堕ちかけるまぶたと必死の攻防を繰り広げる日々です

虚ろな頭ではありましたが「親譲りのジロリアンで子供の時からマシマシばかりしている」の冒頭だけは辛うじて覚えています

 

5月29日 79.715

誰もおらんわ😇

 

たまに行くヒトカラ(なお歌唱力)

屋外でプライベート空間構築できるのが結構気に入っています

 

6月2日 波立ちおけいはん

淀~八幡市の田んぼに水が張られたので、水鏡でも撮ろうかとぶらり

 

ただこの日は風が強い

 

ぎゃああぁ

 

然程風が収まることもなく日没へ

帰る道中となるとやはり時間が若干限られますね

 

樟葉で乗り換え

今でも普通に走っている感じがしますが、気がつけばすっかり過去帳入り

 

6月4日 波立ちおけいはん -リベンジ-

再び水鏡チャレンjああああっっっ

 

風との戦いっすね

 

6月18日 揺れ

 

この日は2限スタートなので、いつもよりゆっくり起きれる日

 

普段はけたたましく鳴り響くアラームくんに叩き起こされるのですが、この日は珍しく少し早い時間に目が覚める

 

目覚ましが鳴る前に目が覚めるなんて珍しいな…

そんなことを思いながらも結局、8時まであと5分あるし二度寝でもするかと布団の中でウトウトしていたそんな最中

 

仄かに響く地鳴り音と共に突如部屋が揺れだし、家の節々がミシミシと音を立てる

こりゃやべえやつだと咄嗟に布団を深く被るそして揺れツイ

 

揺れが収まりとりあえず規模を調べてみる

「流石にデカすぎやろ…震度4ぐらいはあったんちゃうか…」と即座に調べてみれば、なんと震度5

 

阪神淡路大震災以来の震度で、同時に人生で体験した最大の震度でした

 

ひとまず被害状況を確認

幸いにも咲夜さんが落っこちただけで済み、他は異常なし

(といっても、隣の市に住んでる友人宅では色んなものが落ちてきたと、同じような地区でも場所によって差はあるようでした)

 

震度こそは大きかったですが、周囲含め被害も怪我もなく、念のため水だけ張って半分普段の生活に戻る

(といっても流石の京阪も運休決め込んでいたので自主休校)

 

若干の余震と、大学からの「1,2限休校だけど3限以降は分からないよ(はーと)」のお知らせにビクビクしながら、過ごす休日となりました

(のちに終日休校が確定しました。判断が遅いっ(スパーン) )

 

京都線が一部被害を引きずっていましたが、翌日には普通に「大学来いや😇」のお知らせが入ったので未だ続く余震にビビりながらも登校()

(ノート写させてくれる知り合いいないからね!!)

大学近くのスーパーでは案の定水が完売していました(大五郎は残ってた)

 

住んでいる場所柄3.11の時はニュースの情報に留まり、被害がほぼないとは言え今回の地震経験史上で一番となる災害でした(3ヶ月後にヤツが来るまでは)

改めて、有事の備えを整えねばと感じると共に、とりあえず地震情報のアカウントをフォローすることにしました

 

 

この地震(の余震)以来、ここ4年は震度3以上を記録しておりませんが、いつまた起きるかが分からないのが地震

このEnterキーを押す前に起きても対処できるような、そんな備えがあるかどうかを今一度考えねばなりませんね…

 

6/25 降臨

この日は軽くお散歩

不意に出会うちょいと洒落たフォントに心がときめく

え?何のフォントかって?知らん

 

ここは四条通寺町通の交差点を南に下った辺り

寺町通四条下る、ですね

 

四条通を北に行った京極通・新京極の辺りはアニメイトメロブゲーマーズとらのあながあった(過去形)(ゲマズととらは閉店)京都のちょっとしたオタクエリアですが、四条通を南に下ったここはちょっとした電気街

じゃんぱらドスパラパソコン工房などが立ち並びあと古書堂信長書店、どこか日本橋を思わせるような光景が広がります信長含め

 

この日はそんな一角にある駿河屋へとぶらっと足を運びました

 

といっても特に目当てはないんですけれどね

見てるだけでも楽しいっていうか、眺めているだけでも満足するというか

まあ、そういうのってあるじゃないですか

物欲を満たすだけが幸せじゃないっていうか

はいさよなら野口たちお元気で

まあ、勝手に生えて来たのだから仕方がない(勝手には生えてこない)

 

いやぁ…

ずっと欲しかった商品にここで巡り会えるとは…

 

なんやかんやで発売から(当時で)6-8年経っていて、地味に希少待って可愛いすぎん?最高やろ

可動部分も何気に多く、パーツもいくつかあるので色々な可憐で清楚で端麗で美しく華やかで眉目秀麗な見目麗しきその立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花の如しの深草少将も5000兆夜通い唐国は傾くどころか七転八倒引っくり返りまくりアフロディーテも倍プッシュしまくる鼻が低けりゃ歴史が変わっていたであろうその御姿を堪能しまくることができます

 

さて、あとは背景に広大な景色があれば何も言うことは有りませんね…(

 

 

 

 

さあさあさあ

というわけで、何やかんやで10000字近くに達しようとしています

一時は「この回20000字行くか~」とも思っておりましたが(7月分掘り下げればワンチャンある)、一旦読み返してみてここでやっと折り返しと考えると流石にキツイとなったのでやめました、はい

(やっぱ20000字はそれなりに惹きつけ引き付けられる内容と技術がないと厳しいですね。手始めにサブウェイ行ってきます)

 

冒頭の通り11月から12月中旬にかけて地味に忙しく(あとポケモン)、何故か唯一クッッッッッッッソ暇だったクリスマスも主にポケモン埋まってしまったため、気がつきゃ年越してましたよ、あけましておめでとうございます

(誰だ「次の更新する頃はまだ紅葉が散っていないことを祈ります」とか言ってたの。もう雪舞っとるわ)

 

元は圧縮編(4-6月)、かが、圧縮編(7-9月)でお送りしようと考えていましたが、何故か(9割伏見城が原因で)前回の圧縮編が全然圧縮できていない事象に発展してしまったため、急遽かがをと圧縮編(6月)をくっつけました

 

なので次回は予定通り7-9月編っ…

としてもいいのですが、何気に7月が濃い(夏の京都は忙しい)ので、7月編だけをピックアップしてから、8月に控える夏遠征編に突入しようかなと考えていたり考えていなかったり

まあまあまあ、どうなるかは成り行き次第なので、最終的には出てからのお楽しみということになりますね

 

いやはや、感覚がぶっ壊れているせいか「まだ10000字」と感じてはいますが、人によっては「もう10000字も行ってる」と感じるかもしれませんし、何ならそれが正常、その心、いつまでも維持し続けて

 

というわけで、ご要望にお答えして終わります

今年もどうぞよしなにして頂ければ、甚だ幸いにて存じます

 

では、以上

 

*1:自前の3DSを持っていなかったので置いていかれて、BPSPを機にやっとSwitch購入

*2:ジム5/8,スター団4/5,ヌシ2/5

*3:そしてチッコイバッタ踏んでキレる

*4:鍋にオリーブオイルとにんにくと鷹の爪を入れて、海鮮やらキノコやらをぶち込んで熱したやつ。アヒ^~

*5:パンに海鮮やらハムやら肉詰めピーマンやらを乗っけて串刺しにしたつまみ。水感覚で酒を飲み、おまけに夕飯がめっちゃ遅い(そもそも夏は日の入りが9時頃)スペインなどでは、夕飯までの間食にこういったツマミを啄む文化が定着してるとか

*6:49代天皇である光仁天皇の息子で桓武天皇の弟。桓武天皇(50代天皇)が造営中の長岡京で現場監督やってた藤原種継が暗殺された事件で、首謀者の罪を着せられ、早良親王は無実を訴え絶食しそのまま憤死。この後、桓武天皇の母や皇后が相次ぎ死去し、疫病や洪水も起きたことから早良親王の祟とされ、長岡京を放棄して平安京へ再遷都する理由の一つになった

*7:光仁天皇の皇后で、他戸親王の母。光仁天皇を呪詛した疑いでで皇位を下げられ、光仁天皇の姉を呪詛した疑いでで幽閉、その地で急死。

*8:井上内親王の息子で、桓武天皇の異母兄弟。次期天皇でしたが、母親の井上内親王に呪詛による殺害疑惑が掛けられたため、母親諸共幽閉され、母親と同時に幽閉先で急死。この井上内親王他戸親王の呪詛嫌疑及び幽閉先での不自然な急死の裏には、桓武天皇の擁立を狙う藤原式家の陰謀があったとか。その後光仁天皇桓武天皇他戸親王に怨霊に悩まされる。

*9:桓武天皇の夫人の一人で、桓武天皇第三皇子の伊予親王の母。伊予親王の変で息子の伊予親王が謀反の主導者であるという疑いが掛けられると母子共々幽閉。無罪を訴えるも、最終的には毒を仰ぎ自殺。

*10:53代淳和天皇(50代桓武天皇の息子、51代平城天皇と52代嵯峨天皇の異母兄弟)の息子である恒貞親王に仕えている伴健岑の盟友である貴族。桓武天皇以降、平城天皇嵯峨天皇皇位が継承されていきましたが、嵯峨天皇の後継として(血縁的に)一番相応しかったのが、異母兄弟淳和天皇の息子である恒世親王。ただ、父親を差し置いて息子が先に皇位継承するのもおかしな話なので、先に父親である淳和天皇が即位。淳和天皇自体は即位前から厄介事に巻き込まれる気しかしないということで臣籍降下を願い出ていましたが、それも叶わず。結局、淳和天皇の即位期間中に、跡継ぎの最有力候補であった恒世親王が病死してしまい、皇位嵯峨天皇の息子である仁明天皇(54代)へと移譲。しかし、その仁明天皇の皇太子には、淳和天皇の息子であり病死した恒世親王の弟である、恒貞親王が擁立されることとなりました。この恒貞親王皇位が移ると困るのが、自分の娘を仁明天皇に嫁がせた藤原北家で、淳和天皇(上皇)が崩御し嵯峨上皇も病に伏すと、いよいよ恒貞親王はいつ藤原北家に亡き者にされてもおかしくない状況に。これに危機感を覚えたのが恒貞親王に仕えている伴健岑とその盟友、橘逸勢で、恒貞親王夜逃げ作戦を計画。しかしこの夜逃げ作戦が仁明天皇に露見して、伴健岑橘逸勢は謀反人として流罪に(承和の変)。当然、この変の裏で動いていたのが北家の藤原良房で、これにより良房は自分の孫を皇太子に擁立できたばかりか(この孫が後の55代文徳天皇で、藤原良房は摂政に就任)、敵対貴族も失脚に追いやれて、以後藤原北家藤原道長・頼通に続くウハウハ摂関政治コースへと順調に歩みを進めることになります。

*11:54代仁明天皇の時代の貴族で、筑前守として大陸とやり取りをしていた時期も。承和の変の翌年に謀反の疑いで流罪にされ、流罪先で没する。承和の変の影響や、国際交易を手中に収めようとしていた藤原北家によって抹消された等の説あり。

*12:上記6柱の荒魂

*13:聖武天皇(やたら都遷都したり東大寺の大仏を建造した天皇)の時代にバリバリ活躍したエリート官人。出自こそは低かったですが、遣唐使としての経験・知識を活かし、天皇の下で政権を握っていた橘諸兄と共に活躍しました。吉備真備だけ政権のいざこざには巻き込まれず、平穏のまま終わることができました(藤原広嗣の乱等、目の敵にされることもありましたが)

*14:絶賛艦首が付け替えられている最中ですが、これ更に伸びるんですかね…?

*15:05~08該当。01~03は小型トラックで、20~37が大型トラックだそうで

*16:https://www.mod.go.jp/gsdf/mae/3d/36i/02-8_rogo.html

*17:耐荷重が30tなので450人強はいけそう

*18:誰だ「鎧袖一触」なんてリクエストしたの

*19:赤外線監視装置

*20:今年の4月に一番艦が就役した一番新しい艦

*21:片町駅は勿論、尼崎港線もしれっと描かれており大変よろしくない