いざ西へ、年の瀬18遠征 ~01 新天地で東西分断路線をゆく~
どうも、気がつきゃ連休も終盤に差し掛かり驚きの既望路です
誰だ、連休中にバババッと更新しようとか思っていたやつ
何だかんだでアニメ見ながらゴロゴロしてたら終わりそうですね
混雑は苦手なので宣言無くても結局同じような休日を過ごしていたことでしょう
というわけで、本日も更新といきます
今回は前回予告したとおり、冬遠征編となります
何気に初となった冬遠征
そこに雪はあるか、いや無い
でも18券ならある
目指す先は新天地、そこに広がる景色とは
では、どうぞ
2017年12月
12/25 遠征前夜
寺見て茶飲み、駅まで歩く、クリスマス
詳細は上記リンクへ
Now moving… 既望路移動中
— 既望路 (@after_full_moon) 2017年12月25日
列車 : [A]普通 西明石
207系S38編成
一言 : 旅の幕開け、今宵も一閃#既望路乗車録 pic.twitter.com/MXldt98cG6
最近のデフォルトになりつつある夜出発
323系のデビューからそろそろ1年という時期でしたね
ここから新幹線… だったらいいのですが、そんな財力もないので安定の夜行バスへ
残念、コンセント無し
— 既望路 (@after_full_moon) 2017年12月25日
ということでおやすみなさい
無人権4列シート号
新天地上陸
夜行バスで降り立った場所は小倉
夏の北海道初上陸に続き、九州もやっと初上陸
これで本州3島は一通り足跡をつけたことに
小倉駅はここがカッコいい
でっかい建物から車両が出てくる駅好きなんですよねぇ
時間が少しあったので、少し歩いて小倉城へ
暗くてわかりにくいですが、5層目が下の4層目より広く作られているのが特徴で、唐造*1と呼ばれる手法とか
この唐造の天守を持つ城は、小倉城の他は岩国城と高松城ぐらいで、うち高松城は天守が再建されていないので、実質2城
余談ですが、小倉城に入母屋破風や唐破風*2は元々なく(上画像のイメージ)、再建時に「飾りの破風があった方がカッコいいし、そのほうが集客率上がるでしょ」的な理由で取り付けられたとか
まあ、世には別々の時代の姿を融合させて復元した城なんてものもあるので、深入りはせず
往復30分、観光5分の小倉散策を終え、再び小倉駅へ
(西小倉まで歩いたほうが近かったのは内緒)
ここからいよいよ、初の九州旅の始まりです
この赤と黒の塗装が最高に好き
普通列車ながら車内にも拘りを感じるのが良い
香椎までやってきた後は、香椎線へお乗り換え
本当に北海道から九州まで走ってるんだなぁと実感
好き(いいぞ、もっとやれ)
同じ車両でもその土地々々で改造が加えられてるのがSLみたいでなんか好き
終点の西戸崎に到着
あまり時間もなかったので、すぐに折り返して再び香椎へ
申し訳程度の私鉄要素
香椎到着後は、西鉄香椎へ
鉄道むすめスタンプラリー
— 既望路 (@after_full_moon) 2017年12月26日
西日本鉄道 西鉄香椎駅
回収完了! pic.twitter.com/puustTJb2g
お目当てはこちらの鉄むすスタンプ
北は岩手、西は福岡と、最初見たときは回れるかどうか不安でしたが、結果的にはこれを期に九州へ上陸することができました
丸っこいライトと丸っこい車体の列車に乗り込み、向かうは貝塚駅
貝塚駅でお乗り換え
東急みたいなのが来たら水間観音行き、それ以外なら姪浜とかその辺に行きます
いざ筑肥線攻略
西鉄→福岡市営→JRと乗り継いで西へ西へ
ブラックフェイスかっちょよい
下山門で降車して、近くの海へ
潮騒が心地よい
そういえば秋田遠征、みさき公園、宇野線、北海道遠征とずっと海パートが入ってますねぇ
ノルマってことで
こちらは松原
駅に戻り次の列車に乗車
このブラックフェイスも好き
県境を超え、列車は佐賀県へ
車窓に広がるは唐津湾
初上陸ランドサガ
浜崎で降車して、浜崎~鹿家の踏切で撮影
103系は一回撮っておきたかったんですよねぇ
「103」ってわざわざ書いてますが、見た目は和歌山線とか呉線走ってそうな顔
(まあ、両方227化されましたが)
撮影場所はこの辺り
駅から徒歩6-7分ぐらい
雲配給やら冬特有のバッテリー誤作動による電源切れなどのトラブルに見舞われながらも撮影終了
モバイルバッテリーをカメラに繋いで充電するとかいう謎光景でした
再び黒い顔の列車で筑肥線を西へ
床やモケットが号車で変わったりと中々デザインの凝られた車両
こういうところ探すのは結構楽し良いんですけれどね
この座席に長時間座ってるとry
西唐津に到着
付近をぶらぶら歩いていると、目の前に火力発電所
どうやら既に休止状態で、煙突も現在はほぼ撤去済みだそうで
唐津といえば某ランドサガの舞台でもありますが、この発電所もちょくちょく登場していたそうで
しれっと聖地巡礼していたわけですね(尚放送1年前)
なんか年季の入ったイギリス積みの建築物
アーチ窓がオシャレなこちらの建物は、唐津鐵工所*4唐津工場の旧発電所だそうで
さっと散策を終え、再び南下
・・・まあ、厳密には唐津線から筑肥線(東)に向かう列車から、唐津線から筑肥線(西)へ向かう列車に乗り換え… ですがややこしい
なぜして東西に分裂したのか…
ですが、これは1983年の福岡市営直通以後の姿
それ以前はこんな感じで、東唐津から山本へダイレクトに南下して、伊万里方面へ続いていました
街の中心地は唐津駅周辺だったので、筑肥線も唐津駅まで伸びてくればよかったのですが、建設当時(1935年全通)の技術力では唐津と東唐津の間にある松浦川を越えることはできなかったそうで
現在の地図においてみるとこんな感じトレス版も一応作ったので供養供養
(参考:地理院地図 5万地形図-唐津-1963、5万地形図-浜崎-1963)
当時は
唐津駅:街の中心地
山本駅:急行も停まる乗換駅
と言った感じで機能が分散していましたが、これも線路付け替えにより唐津駅に集約しました
付け替え後も筑肥線は、唐津~山本を唐津線との重複区間としていましたが、民営化を機に東西に別れました
なので、直江状もベルリン封鎖も顕如への寺領寄進も関係ないです、はい
余談ですが*5、唐津周辺には炭田がたくさんあり、明治時代からわんさかと石炭が採られました
そのため、唐津線に岸嶽支線*6や大島貨物支線などの支線がいくつか作られたり、三菱が石炭輸出用の支店を唐津に構えたりしました*7
まあ、地図に書いてある大島駅が、駅開業当時からそこにあったかと言えば、かなり怪しい話で…(
(1898年開業らしいですが、その時ってまだ海の中*8なんですよねぇ…)
まあ、今から唐津の変遷までも紐解いていくと大変なことになるので、戻りましょう(
のんびりした風景の中、列車は伊万里へ
終点の伊万里に到着
かつては博多~東唐津~伊万里~平戸口~佐世保~大村~長崎を走る急行「平戸」がここを通り、松浦鉄道移管後も2002年までは線路がつながっていたと思うと胸アツもので
時間があるので付近をぶらぶら散策
九州らしいおやつも密かに仕入れました
(たまに地元でも売ってるのは気のせい)
折返しのまっきき列車で再び東へ
夕暮れの空とボコボコ山のシルエット
山本で佐賀行きに乗り換え
安定の変態混結(いいぞもっとやれ)
佐賀到着
ここが方向幕の40も好き
バチバチおれんじの783
駅前に出てみたものの、バスターミナルとビジホしかなかったので、ホームで電車ウォッチング
夕ラッシュの中、鳥栖へ
何だかんだで最初で最後の乗車になっちゃいましたが
博多到着
随分と遠回りしてきましたが、やっと博多に到着
特急がいっぱい来るの楽しい
列車愛称も色々あって面白い
外に出るとキラキラリア充空間が広がっていました
クリスマスは終わったぞ!日本人なら紋付袴でおせちを食うのが伝統じゃろうがいっ!!
同じような顔でも地域で塗装が違って、仕様も少しずつ変わってくる
そういうところが全国区気動車と何だか似通っていて好き
(まあ、初代ブルリも都市じゃ中々お目にかかれなくなっていますが…)
ヌッと醸す豚骨ラーメン臭
— 既望路 (@after_full_moon) 2017年12月26日
しかしスープは意外とまろやか
程よいコシを備えた麺はスズルっと喉に入ってく
胡椒、紅生姜で味を好みに調整しつつ、一気に完食
気がついたら替え玉も頼んでいました#既望路乗車録 pic.twitter.com/oxAoqATOjJ
そしてお夕飯タイム
やっぱり博多豚骨は外せない
ホテルへの道中
初めて来るのに謎の既視感… と思ったら、陥没事故の現場でしたね
日本一来店の難しいセブンイレブン
夜 食 発 動
— 既望路 (@after_full_moon) 2017年12月26日
ト レ イ ン ビ ュ ー
1 8 切 符 有 効 活 用 pic.twitter.com/lyUF8rGClz
チェックインを済ませた後は再び博多駅に躍り出る
色んな見た目の列車が来て、色んな愛称の特急が来て、時たま貨物もやって来て
初の博多駅はそんなワクワクが絶えない駅でした
お宿ちょっと広いカプセルホテル
このちょっとしたスペースが有るだけで、結構変わってくる印象
明日も早いのでサクッと寝ましょう
というわけで、本日はここまでとさせていただきます
本日のルートを振り返ってみるとこんな感じですね
福岡西部と佐賀をグルっと回った形になりますね
次回は博多からどう動く?
福岡近郊か熊本か本州か…
乞うご期待!
では、以上